吉田工場長の部屋
(月刊ジャーマンカーズ2005年10月号掲載)


ん?タイヤが変だぞ?

皆さんこんにちは。

先日、世界遺産なる番組を見ていたら2004年7月に
第28回世界遺産委員会が開催され、スウェーデンのヴァルベルイ
無線電信局が文化遺産に認定されたという話がありまして、
何でも80年前に建設された出力200KWの通信機材が
現在も正常に稼動するという設備を紹介してまして、その出力も驚きですけど
(ちなみに現在放送されている日本中にその電波が届くAMラジオの
放送出力は100KW、在京TVキー局の映像出力は10KWです)
そういう近代文明さえも遺産登録されるというところに何だか
時代の流れを感じてしまいました。

無線電信局っていうくらいだから送出される信号はもちろんモールス信号、
肉声を送出するのなら“電話局”ですからね。
通信内容を出来るだけ遠くに届けるためには受信の内容を聞き取る事が
困難な肉声よりも、聞き取れればとりあえず解読が可能な、
単純な信号によって構成されたモールス信号・・・
それはデジタル信号の元祖と言われてますよね。
その後、電話が発達し、映像技術が生まれ、衛星によって映像を
世界中に配信し、その映像自身も配信方法も
最近はデジタル化されている事を考えると、
時代はらせん状に回りめぐっているのかもしれませんね。

さて今日はスパークプラグの話でもいたしましょうか。

過去につたえファクトリーで何度か紹介しているハイパワースパークプラグ、
どうして純正であのようなスパークプラグをわざわざこしらえたんでしょうか?
燃費の向上、メンテナンスフリー化、などなど。確かにそれも正解です。
自動車消耗品の耐久性を上げて交換サイクルを延長するということは、
すなわち廃棄物を減らすことに直結しますから、
環境の為にごみを出してはいかんぜよと声高に叫ぶドイツ人としては
燃費向上と同じくらい重要なテーマなんですよね。

エンジンオイル交換サイクルを大幅に延長したのも
ごみを減らすという理由からです。ですがハイパワースパークプラグの場合は
もっと「これを使わにゃあならん」理由が他にもあったんです。
さてどんな理由でしょうか。
歴代BMWの点火システムを見ながら検証してみましょう。

まずはおおよそ15年前のE30、M20エンジンから(写真1)

実は私の車ですが(笑)

当時のBMWのエンジン制御システムではDMEコントロールに内蔵された
1系統のイグニッションステージトランジスターからボディ側にある
1つのイグニッションコイルに6気筒分の点火信号を規定のサイクルで
送ってやって、コイルに発生した約1万2千ボルトの電気が
プラグコードを通ってディストリビューターにて配電されたのち
プラグに導いて点火、といういかにも昔のシステムという感じですが、
どんな点火信号が流れているんでしょうか?

オシロスコープで測ってみましょう(写真2)

測定した波形を見てみると、点火の瞬間に一度だけ電圧がびよん!
と上がってすぐさま下降、しばらく維持したのちストンと落ちていますよね
(写真3)

この最も電圧の高い状態の時に点火が行われ、
電圧が下降した状態が維持されている間はプラグの先端で
放電が続いている状態で、放電時間はアイドリングでおおよそ2ミリ秒という
本当に一瞬の出来事です。

このシステムにおいてDMEは点火のサイクルを正確に行うのみで、
順番はディストリビューターが決定していますから、
高圧側の電気接点も多く、機械的な構造も複雑なかわりに
DMEコントロールユニット自体はシンプルな構造でした。

さて、時代は変わってE39のM52エンジン(写真4)

アルミエンジン化されたこのエンジンは点火系統もM20のそれより
大きく進化していて、従来1個だったイグニッションコイルは
各気筒別に独立して設けられ、スパークプラグの真上に配置することで
ディストリビューターとイグニッションコードを廃し、高圧側の接点を
大幅に減らしました。DMEも6個の独立したイグニッションステージを持ち、
電子回路は複雑になったかわりに機械的な構造はシンプルになりました。

これもイグニッション信号を測ってみましょう(写真5)
測定した波形を観察してみると、やはり点火電圧が一度だけ上がって
すぐ下降、という電圧の変化はM20と基本的には変わっていません
(写真6)

M52エンジンの独立点火システムは乱暴に言ってしまうと
コイルとイグニッションステージを気筒数分用意しただけのものです、
とはいっても開発された当時は画期的なシステムだったんですが。

で、比較的新しいE46のM52TU(写真7)

ヘッドカバーの丸っこい形状がダブルVANOSになっていることを
物語っています。
このエンジンは燃費のさらなる向上と同時にエンジンオイルの
ロングライフ化を果たした環境エンジンといえるでしょう。

これももちろん独立点火システムが採用されていますので
早速測定してみましょう(写真8)
測定した波形を見てみると、先ほどの波形とはちょっと違っている事に
気がつきます(写真9)

先ほどの点火波形(写真3、6)は点火の瞬間に1度だけ電圧がびよん!
と上がるだけでしたが、この波形は何度も点火電圧が上昇しているのです。
そう、これは「マルチスパークイグニッション」といって1回の点火工程に対して
何度もスパークを発生させる複雑な点火方法を採用しているんです。

何度も点火することによってミスファイアが起こりにくく、火花によって
プラグ先端もそのつど焼き払われる為くすぶりを防止するという一見
いいことずくめなイグニッションシステムなのですが、何度も連続して
点火する分だけ当然スパークプラグの消耗も激しくなりますから、
従来のプラグではマルチスパークに耐えられないんですね。

歴代プラグを見てみましょうか。M20用(写真10)
M52用(写真11)
M52TU用(写真12)

電極が4つあるM52TU用がハイパワースパークプラグです。
中央電極にはプラチナが一面に貼り付けられており耐磨耗性に優れた
プラグであることがわかります。
つまり、このプラグがあって初めてマルチスパークイグニッションシステムは
完成したと言えるのです。
そんな経緯のあるイグニッションシステムを搭載したエンジンですから、
このエンジンに2極のスパークプラグを使ってはいけません。

が、ハイパワースパークプラグ自体は耐久性に優れているので、
従来の2極プラグ、NGKのBKR6EKまたはBOSCHのF7LDCRを
標準採用しているエンジンには使用が可能とBMW社も認めています。
マルチスパークに耐えられるプラグであれば、従来の点火方式にも
問題なく対応できるというわけです。
耐用走行距離は6万キロと非常に長く設定されているので1度装着すれば
相当期間交換の必要はありません。

おおよそ5万キロ走行したハイパワースパークプラグ(写真13)も、
電極の消耗はそれほど酷くはなく、まだ使えそうな感じです。

ただ・・・残念ながらこのプラグ、M20エンジンには対応していないんです。
プラグソケット側の電極形状が全く違うので装着が物理的に
不可能なんですよね。
というわけで私の車にも使えません、ガッカリ。
仕方ないのでデンソーイリヂウムタフVW16を使っています。

通信機器って言えば、最近の携帯電話はカメラ機能はあたりまえ、
動画もこなして音楽プレーヤーになったかと思えばラジオが聞けて、
アナログTVチューナーを組み込んだかと思ったら地上デジタルの
1セグチューナーを実装し、消費電力がものすんごくなってきたから
燃料電池を組み込んじゃおうという試みが大真面目に行われて、
先ごろ試作機が出来上がったとか、とにかく何だかミョーな進化を
してきてますよね。

そのうち携帯電話に大量のメモリーカードを挿してTV番組を録画するなんて
ジョーダンみたいなマシンが出て来はしないかと心配してます。
だって、録画してあとでゆっくり見るんなら自宅のビデオデッキに
予約しとけばいいじゃん(笑)

かつて、携帯メール機能がどんどん進化していって
「ボイスメール機能」なんてのが本当にあったんですから。
ソレ確か電話ですよネッ、じゃあ相手の留守番電話に自分の声吹き込めば
事は足りるでしょおって思わずツッコミたくなりました。
ニューモデルが出るたびに「そんなに多機能なの、使いこなせないよぉ」
とみんなの叫びをよそに独自の進化を続ける携帯電話。

ヴァルベルイの無線通信局にある通信設備は現在の携帯電話が
実装する機能をはるかに下回るらしいです。
が、80年前の人々がその思いを乗せた、モールスによるメッセージの質は
機能に関係なく密度の濃いものだったのではないでしょうか。
モノが高機能化し、簡単に便利になると、質のほうは低下していってしまう
気がするのは、私だけでしょうか?

あれ、私の携帯電話・・・TV予約録画機能が・・・あった(爆笑)
チューナーがないので、外部入力のみなんですけど。
意味ないよなぁ、そういう機能って。

それでは、また。

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